ページタイトル 睡眠不足の心身、そして社会への影響

対象者: 一般向け

睡眠不足の心身、そして社会への影響

 睡眠時間が減るとどうなるか、については以前は相当に乱暴な実験が行われました。30時間寝ないとどうなる,50時間寝ないとどうなる,といった実験です。もちろんそういった実験も大事です。ただそう言った実験結果はたとえ聞いても、あまりに日常とかけ離れていて、自分自身のこととしてピンと来ないだろうと思います。
 ところが1999年にアメリカのシカゴ大学のグループが眠りの身体への影響をみるために,これまでの寝せない実験ではなくて、眠らせるという実験を行いました。この実験結果が出てから,ずいぶん眠りについての考え方が変わりました。このグループは、1週間毎日4時間睡眠に眠りを制限し、7日目の朝にいろいろなデータをとって,同じ方が8時間睡眠,あるいは12時間睡眠をした場合と比べる、ということをやったのです(スライド1)。4時間睡眠で一週間というのは多分,みなさんでもお忙しい時は実際に経験なさると思います。4時間睡眠で一週間経つとどうなるか。朝の血糖値が高くなって,インシュリンの出が悪くなり、夕方のコルチゾールの減りが悪くなり、交感神経が緊張状態になって,インフルエンザのワクチンの効きが悪くなる、ことがわかりました。解釈としてはノーマルエージング,老化と同じ現象が,糖尿病,肥満,高血圧,といった生活習慣病関連の変化が、睡眠時間を削っていると起きるようになる,こういうことが発表されたわけです。この実験結果が発表されてから、ずいぶん眠りについての考え方が変わりました。この実験は急性に睡眠不足を作った実験ですが、このグループはその後も研究を続け、慢性の睡眠不足が肥満や糖尿病を引き起こすことも確かめています(スライド2)。
 みなさんも睡眠時間が減ると,集中力が無くなったり,イライラしたりするという経験はあると思います。小中学生のアンケートでも寝るのが12時過ぎ,朝食抜きの子どもたちでイライラ感が強いというデータも出ています(スライド3)し,陰山英男先生が広島県で在職していらした際のデータですが,睡眠時間が減ると成績が悪くなる、というデータもあります。スライド4は福岡のデータですが,学力上位群と下位群に分けて小学校の高学年ですが,夜の寝る時間を調べたデータです。学力上位群の半分は9時半前に寝ていますけれども,10時半以降に寝るグループに学力上位群は全くいないわけです。いくら夜遅くまで勉強しても,塾に行っても,睡眠時間を犠牲にしていたのでは学力という方へは結びつかない。活動の中身の充実には至らない。ごく当たり前のことです。山口県山陽小野田市の2006年の小学生対象の調査報告(スライド5)でも、早く寝ているほど成績や知能指数が高いことが示されています。人は寝ないと活動の質が高まらない、ということになります。
 小児の睡眠時間が血圧に及ぼす影響については1985年に小学校1~3年生であった685名の血圧を、生活習慣、食事習慣の観点から1985年、1988年、1991年と繰り返し6年間にわたり調査した縦断的研究に注目したいと思います(藤内ら、1995)(スライド6)。いずれの年の生活習慣調査でも睡眠時間が標準よりも短い群43名と、いずれの生活習慣調査でも睡眠時間が標準よりも長い群113名とで、血圧を比較検討しています(基準の表)。1985年には両群の血圧に統計学的な有意差は認めませんでしたが、加齢に伴い次第に睡眠時間が標準よりも短い群の血圧が上昇し、1991年には収縮期血圧、拡張期血圧ともに、睡眠時間が標準よりも短い群の血圧が長い群よりも有意に高くなったと報告されています。この調査では、他の生活習慣としてテレビ視聴時間(2.5時間以上と未満)、運動習慣(運動クラブ(部)への所属の有無)、塾通い、味の嗜好(濃い味、薄い味)についても検討していますが、経年的に加齢とともに血圧の差異が明らかになってきた項目は、睡眠時間以外では、3回の調査時に常に濃い味を好むと記載した42名で、常に薄い味を好むとした43名よりも1991年度で有意に収縮期血圧が高くなったのみでした。睡眠の必要量には個人差があり、何歳なら何時間寝なければいけないということを規定することは困難ですが、小児において睡眠時間の減少と血圧上昇との関連を指摘した注目すべき調査報告です。
 ドイツのリューベック大学のグループは、眠りが「ひらめき」を促すという実験結果を科学雑誌「ネイチャー」に報告しています(スライド7)。①朝に課題を三回訓練し、その後寝ないで八時間後の夜に課題に再挑戦 ②課題訓練を夜にしたあと徹夜して八時間後に再挑戦 ③八時間眠って、翌朝に再挑戦--という三つのグループで、課題に隠されたカードの配列に気づくかどうかという「ひらめき」の割合を比べたんです。すると、三番目のグループで明らかに高かった(ひらめいた割合;60%)。しかも、一、二番目のグループのひらめきの割合は、訓練をせずに課題に取り組んだ場合と同程度しかなかった(ひらめいた割合;20%)。眠りが新しい記憶の表象を再構築することで情報の把握を導き、ひらめきに満ちた行動を促す、と研究グループはみています
 長時間寝ないで起き続けていると、作業能力は低下します。十七時間の連続覚醒(たとえば午前六時起床で夜十一時、午前八時起床で深夜一時)では、血中アルコール濃度〇・〇五パーセントのほろ酔い程度まで作業能力が低下するというデータがあります(スライド8)。起き続けていると、酔っぱらったような頭のレベルになってしまうということです。慢性の睡眠不足については、睡眠時間を四~六時間に制限すると徐々に認知機能が下がり、約二週間後にはまる二日間徹夜したと同程度の認知機能に落ちる、というデータもあります。このように、睡眠不足だと脳の情報処理能力が下がるわけですが、その理由はよくわかっていません。寝ることによって神経細胞レベルでなんらかの変化が起きていることは十分考えられます。
 さらに、睡眠不足が重大な産業事故をもたらしていることもよく知られています。主なもの(スライド9)だけでも、スリーマイル島原発事故(1979年3月)、インド・ボパール化学工場ガス爆発事故(1984年12月)、スペースシャトル・チャレンジャー爆発(1986年1月)、チェルノブイリ原発事故(1986年4月)、石油タンカー・バルディーズ号原油流出事故(1989年3月)と挙がります。寝不足は命のリスクです。

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